根津美術館で開催している特別展「KORIN展 国宝『燕子花図』とメトロポリタン美術館所蔵『八橋図』」展へ行ってきました。
展覧会タイトルに登場する根津美術館所蔵の「燕子花図屏風」と、ニューヨークのメトロポリタン美術館所蔵の「八橋図屏風」は、ともに尾形光琳が描いた作品です。
尾形光琳の代表作であるこの二つの作品が、同じ場所に展示されるのは、なんと、およそ100年ぶりのことなんだそうです。

この展覧会、実は昨年に企画されていたのですが、震災の影響で一年延期して開催されました。
一年遅れではありますが、ようやく実現の運びとなったことが、感慨深かったです。

二つの作品は、ともに伊勢物語から題材をとって、同じ六曲一双屏風に、10数年の時をおいて描かれました。
最初に描かれた「燕子花図屏風」は、金箔地に花のみを描き、後に描かれた「八橋図屏風」は、同じく金箔地に、花と橋を描いています。
ともに光琳の天才的なデザインセンスがきわだつ作品です。

二つの作品を並べて見比べてみると、「八橋図屏風」は、物語の風景を俯瞰して切り取り、一方「燕子花図屏風」は、「八橋図屏風」の一部を、さらにズームアップして描いているように感じました。(制作順からいうとこういう感じ方はおかしいのかもしれませんが、見た印象をそのまま表現するとこんな風になってしまいました(^^;)
また、「八橋図屏風」の方が、理知的で怜悧な印象が強い気がしました。

今回は、展示室の中央の壁面に二つの作品を並べて展示してあったのですが、二つの屏風が展示ケースにぴったりと収まりよく並んでいる姿は、壮観でした。
さすが、「燕子花図」を展示することを意識して作られた展示室だけのことはあるなぁ、と思わずにはいられませんでした。

展覧会は、この両作品を中心に、「燕子花図屏風」製作以前に描かれた作品と、「燕子花図屏風」の類例作品を紹介していました。
さらに、光琳に私淑していた酒井抱一が編纂した『光琳百図』(光琳の図版入り作品一覧)に掲載された図版と、本当の作品を、一緒に展示することで、光琳の後世への影響力を、わかりやすく示していました。

個人的には、光琳が画家として最初期にえがいた「十二ヶ月歌意図屏風」をはじめて見ることができたのが、収穫でした。

また、『光琳百図』に掲載された図版と、実際の作品の微妙な差異を見比べるという趣向も面白かったです。
展示の最後には、抱一が光琳の作品を模写して描いたと伝えられる「青楓朱楓図屏風」が出品されていたのですが、これを見ていると、なぜか横山大観の「紅葉」という作品を連想してしまい、光琳の生み出した様式が、明治まで連綿と影響を及ぼしていたことを、実感せずにはいられませんでした。

小規模な展示でしたが、とにかく、二つの燕子花屏風を並べて見比べることができただけで、もう大満足。
幸せな気持ちになれる展覧会でした。

そうそう。2階の茶道具を展示してる展示室にも、抱一の軸装作品が展示されています。
この作品、絵と表装部分に施された刺繍が連動しており、画面が表装部分まで広がっているように感じられる、凝った趣向で作られています。その技巧こそが江戸絵画ならではという作品でした。
行かれた際には、こちらも是非、お見逃し無いようご注意下さい♪

東京国立近代美術館で開催している「ジャクソン・ポロック」展に行ってきました。
史上最高値で作品が取り引きされた、アメリカを代表するアーティストと言われているものの、私にとっては、正直、何がどう評価されているのかよくわからない人だったので、この機会に、ぜひ見ておきたいと思い、行ってきました。

今回は回顧展だったので、最初期から晩年の作品まで一通り見ることが出来ました。

まず、ポロックといえば、これ!という位、有名なアクションペインティングを描いていた時期が、思いのほか短かったのが意外でした。

アクションペインティングに至るまでは、シュルレアリスムや、ネイティブアートの影響をダイレクトに受けていたようで、わりと時代の流れに素直に乗った人だったという印象を受けました。
その当時の作品には、同じく民俗学からインスピレーションを得ていた岡本太郎の作品を彷彿とさせるような物もありました。
彼らが活躍する以前に、既に活躍していたミロやピカソの影響も多分にうけていたようで、彼ら巨匠の影響下から、独自の様式を生み出すための試行錯誤を繰り返し、その結果、生まれたのが、画面をフラットに使って、ドロッピングを施したポロック独自様式だったようです。

この様式で描かれた作品は、幾重にも色を重ねて画面が構成されていました。
想像していた以上に画面は重層的でした。
けれども、それは近づいて見て、はじめてわかることであり、少し離れたところから、画面全体を見ていると、あまりにも調和がとれているせいで、とてもフラットに見えました。
そこには、軽やかでリズミカルな重力のない不思議な世界が広がっていました。

絵の具の跡を辿っていると、あたかも舞の痕跡をみているような気がしてきました。
最近、モダンバレエを見た直後だったせいかもしれませんが、彼がつけた絵の具のラインを辿っていくだけで、ダンスの演目が完成しそうな感じ。頭の中に群舞のイメージが広がり、しばしその妄想を楽しんでしまいました。
音までひびいてくるような不思議な感覚を味わえたのには、ビックリしました。

多分、 この人のアクションペインティングには、見る側のイメージを刺激する起爆装置のような作用があるんじゃないかと思います。

彼が、この様式から手を引き、新たな様式を生み出そうとしたのは、自分の内なる変化の欲求に忠実であったという点において、アーティストとしてとても健全な行為だったと思います。

ただ、残念なことに、新たな様式に具象的な要素が生じた瞬間、それを見た人が退行と感じ、非難されたのも、わかる気がしました。
だって具象的表現は、描かれている物が明確な分、見る側のイメージの自由度を狭めてしまう可能性を秘めています。
おそらくドロッピング作品を、自分の内なるイメージを投影して自由に鑑賞していた人からみれば、イメージが投影しづらくなり、表現が窮屈になったように感じたんじゃないでしょうか。

ポロック本人にしてみれば、自分の自由が奪われていくようで辛かっただろうなぁ。作品が、自分を超えて一人歩きしてしまう恐怖すら感じたんじゃないだろうか…などと、ついつい色々妄想してしまいました(^_^;)

とにかく、色々な意味で、想像力をかきたてられる作品群でした。
これは実物を目にしないと湧かない感覚だと思います。
また、彼の作品の変化を辿ることによって、認識があらたまった点も多々あったので、無理して行って良かった!と思える展覧会でした。

今回の展示のメインイメージとなっていた「インディアンレッドの地の壁画」が一点だけおかれた展示室は、必見です。
また、「ナンバー7, 1950」も自由自在な色の動きを楽しめる素晴らしい作品だと思いました。

会場では、彼が作品を製作中のドキュメント映像も放映されていました。
映像を見る前は、自由自在にすばやく色を重ねているのかと思っていたのですが、かなり慎重にいろを重ねていて、刷毛を動かす動きが、重々しかったのが、強く印象に残っています。
あと、描いている途中で、それまでくわえていた煙草を、ふっと放り投げる姿がめちゃめちゃ格好良かったです。

展示のあとには、彼のアトリエを再現したセットが作られていました。
これは、東京には来ないと思っていたので、見ることができて嬉しかったです。
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会期は5月6日まで。
またしてもギリギリになってしまったけど、会期中に感想がUPできてよかった〜(^^;


府中市美術館のワークショップの日に、行くことができなかった特別展「三都画家くらべ 京、大坂をみて江戸を知る」に、後日あらためて行ってきました。
昨年春に開催していた「江戸の人物画 姿の美、力、奇」展につづく江戸絵画を紹介する展覧会。
今年は、江戸、京、大坂。三都で生まれた絵の数々を、その風土ならではの造形感覚や、嗜好の地域差に注目した趣向となっていました。

昨年同様、前期・後期で大がかりな展示替えがあるようなのですが、私がいったのは4月17日まで開催していた前期展示。
花と動物というテーマで、作品を選定し、三都の様式の違いを紹介していました。
今まで、江戸絵画を見る際に、地域差というものをあまり意識したことはなかったのですが、こうやって見比べると、明らかに地域差があることを実感できるのが、面白かったです。
途中からは、まず作品を見て、これは京都代表?それとも大阪?と推理しながら見るようになっていました。
考えてみたら、東京→大阪→京都って、いまでこそ三時間程度でいくことができますが、当時は、何日もかかって行く場所だった訳ですから、美意識に地域差が出るのも当然なんですよね。

それぞれの地域差を簡単にいうならば、円山応挙や若沖が活躍した京都の作品は、どちらかというと繊細で破綻がない感じ。
伊藤若沖が、江戸では人気がなかったというエピソードも面白かったです。

一方、大阪絵画は、京都より硬質で、中国絵画の影響が顕著にみられるのが特徴のようです。
今の私達の感覚からすると、一番なじみがなく、遠いところにあるのが大阪絵画という気がしました。

江戸絵画は、絵画のなかに、ちょっとした知識や情報を織り込んでみたり、一ひねりした笑いを盛り込む傾向が強かったようです。
いろいろな文脈(知識)を知っている人だけが、作品の意味を読み取り、楽しめるという構造は、案外、今の日本のオタク文化にも通じるもののようにも感じました。

全体をとおしてみると、やはり今の日本文化に江戸文化が及ぼした影響は、はかりしれないものがあるのだなぁと実感せずにはいられませんでした。

いろいろ面白い作品が目白押しだったのですが、特におもしろかったのが、長沢蘆雪が呉春たちと合作して描いた作品。このようなことが行われているのも江戸絵画の面白さだと思いました。

あと同じく長沢蘆雪ですが、「なめくじ図」というなめくじが歩いた跡を薄墨で描きあげた作品の動きの面白さも、着眼点の面白さと相まって目を引きました。

娘と行きそびれてしまっただけに、動物関係の作品をみていると、つい、この絵を娘にみせたらどんな反応をしていたかなぁ、とか、娘にも見せたかった!という思いばかりが募って仕方なかったです(^^;

そのほか、森狙仙の「猿図」も、以前から一度見たかった作品だったので、思わぬ場所で目にすることができ、嬉しかったです。

あとは、江戸でつくられた細密な銅販画の精密さには驚きました。
これは、原本よりも、入り口に記念写真の撮影用に設置した拡大パネルと小さな原本をみくらべることで、その書き込みの精密さを実感し、江戸時代の人の器用さに驚愕したって感じです。

作品ごとの感想を書き始めるときりがないので、このあたりで止めておきますが、いままで、あまり意識していなかった視座から、作品を鑑賞することができるのが、この展覧会の最大の魅力だと思いました。

江戸絵画というと、私はどうしても西洋画の影響にばかり、目が行きがちになっていたのですが、今回、大阪で人気があったと南画や中国の様式の影響をうけた絵画群をみて、東洋からの影響についてもっと勉強する必要があるなぁと思わずにはいられませんでした。
洋画は、今の私達にとっては、かなり身近な存在となっているため、それなりに美しさの基準が理解できるのですが、中国画と南画は、知識があまりない分、当時どのような点が支持され受容されてきたのがを、理解するのが難しかったです。

現代の私達の美意識と江戸時代の人々の美意識のなかで、もっとも共有されていないのが、中国絵画を礎とした部分なんじゃないだろうかと、思ってしまいました。

この展覧会、江戸絵画の奥深さ、幅広さを実感する良い機会となりました。
府中市美術館ならではの好企画だったと思います。

できれば後期展示もみたいのですが、物理的に行けそうもないのが、残念でなりません。
なんとか、時間がつくれるといいんだけどなぁ・・・
桜の季節。花見がてら、久しぶりに府中市美術館で定期的に開催しているワークショップに娘と一緒に行ってきました。
今回は、日本画体験講座です。

うちの娘、お絵描きは大好きなものの、色を塗るのは疲れると言って、描く絵は線描が基本。
色をつけたら?と言っても、「めんどくさい」といって、なかなか色まで塗ろうとしません。
ところが最近、ようやく色を使って絵を描くようになってきたので、この機に、いろんな画材を体験してもらいたいと思い、参加してみました。

今回のイベントは、一般向けの企画で、対象が子どもというわけではなかったので、娘がついてゆけるか少々心配していたのですが、この点は、全くの杞憂に終わりました。

会場では、まず、それぞれ一枚ずつ色紙をもらいます。
その色紙に、自由に絵を描いて採色してもいいし、先生が用意した下絵をトレースしてそれに彩色するぬりえ方式でも、OK。
娘は当然、自由に絵を描く方を選択。
私はいろいろあった下絵のなかから、鳥獣戯画の一場面をチョイスして、ぬりえにトライしてみました。

まず鉛筆で線を下書きしたあとに、筆と墨で、輪郭をなぞります。
ちまちました絵を描いていた娘にとっては、これが最初のハードルとなってしまいました(^^;
結局、どうやっても筆で輪郭をなぞるのは、無理そうだったので、マジックで輪郭線を描く事になりました。
このあたりは、もっと大きな絵を描いた方がいいよ〜とアドバイスしてあげたらよかったな、と後悔しています。

次に水干絵具という日本画の画材をつかって、彩色をしてゆきます。
水干絵具とは、水簸精製して作られた絵具で、岩絵具と同じように膠と水で溶きます。
本来は日本画の下塗りに使うもののようです。

このワークショップでは、好きな色を一色選んで、水と膠で溶いて練るところから体験できました。
私は、日本画の顔料を膠で溶くのは初めての経験だったので、この作業が一番楽しかったです♪

膠には、ちょっと独特のにおいがあり、しかも、顔料と膠は、指で練って混ぜるので、必然的に指が汚れてしまうのですが、これが、娘はちょっと嫌だったようです。
それでも、絵の具ができあがると嬉しそうにしていました。

作った色は、水彩画と同じ要領で、筆に水を含ませて塗ってゆきます。
不透明水彩よりも、華やかな発色をするのが新鮮でした。
また、水の含ませ方によって、色の強弱が随分変わるのも、おもしろかったです。
日本画の画材って、もっと扱いが難しいのかと思っていたのですが、水干絵具は、想像以上に柔軟で、調整が面白い画材でした。

娘は、もっと練り練りして色を作りたかったようですが、今回は一色だけというルールだったので、あとは既に作ってある色を使って、絵を仕上げてゆきました。
途中、既に作ってある色を混ぜたりして、自分なりにいろいろ挑戦している姿が、親としては微笑ましかったです。

私の予定では、このイベントの後、美術館で開催していた特別展「三都画家くらべ 京、大坂をみて江戸を知る」を一緒に見るつもりだったのですが、残念ながら娘は、外で遊びたくて仕方ない様子だったので、今回は、展覧会を一緒に見るのは諦めて、公園で花見をしつつ、遊んで帰りました。

このイベント、参加費は100円。
参加時間も11時から16時までというざっくりしたくくりなので、自分の都合にあわせて、時間調整して参加できるのが、ありがたかったです。
ただ、自分がなにをするのかよくわからないまま、作業を開始して、一つ作業が終わる度に、スタッフの方を捕まえて、次に何をするのかを確認しなければいけないのは、効率が悪い気がしました。
できれば、作業の全体像を、最初に把握できるよう、手順を壁に貼りだしておいていただけたら、ありがたかったかな、と思います。
あと本音を言えば、もっと自分で絵の具を作ってみたかったけど、これは、値段とキャパを考えたら無理な注文ですね(^^;

最後は、ちょっと辛口になってしまいましたが、スタッフの皆さんは、皆、とても親切で、値段以上のサービスをしていただけたと思っています。
スタッフの皆様、楽しい一時をありがとうございました。
今後も、折りをみて、府中市美術館のイベントには参加してみたいと思っていますので、どうかよろしくお願いします^^

この春、一番楽しみにしていた「ボストン美術館」展をみるため、東京国立博物館へ行ってきました。
ボストン美術館の日本美術コレクションは、明治初期、日本美術に、西洋の視点で再評価を行ったフェノロサと岡倉天心が収集した作品がベースになっている世界有数のコレクションです。
日本国内でも、これほど充実したコレクションは、そうないと思います。
そのボストン美術館コレクションの大規模な里帰り展。これは期待しないわけにはいきません。

チラシ、HPに掲載された出品作品は、いずれも優品、名品が目白押し。
楽しみなことこの上ないのですが、私の一押しは、なんといっても「平治物語絵巻」の「三条殿夜討巻」
この作品、2000年に名古屋ボストン美術館で開催された展覧会に出品されたことがあるのですが、この時は残念ながら、私は、名古屋まで行くことができず、見ることがかないませんでした。
今回、ようやく、ようやく、念願かなって、本物を目にすることができました!

「平治物語絵巻」は、海外に流出していなければ、間違いなく国宝に指定されている優品。
しかも繊細な日本画です。
二か月近い期間中、常時展示されているわけはないと思い、展示替えで見ることが出来なくなっては大変!と、展覧会が始まって早々、早速行ってきました。

と・こ・ろ・が、です。
な、な、んと、「平治物語絵巻」と、もう一つの目玉作品である「吉備大臣入唐絵巻」は、全期間、まさかの全画面展示とのことでした。
本来、日本で文化財指定されている作品は、作品保全のため、展示期間に制限があるのですが、この作品は、海外流出品ゆえに、文化財指定がされておらず、長期間展示が可能なようです。
いやはや。おそろしく、贅沢な話です。びっくりしました。

いよいよ実際に見る「平治物語絵巻」は、リアルで見るとその構成力と表現力の凄さがダイレクトに伝わってきて、鳥肌がたちました。
この絵巻のクライマックスは、三条殿が焼け落ちる火災のシーンなんですが、そのクライマックスにむかって、逃げまどう人の姿や、すごい勢いで車輪を回しながら走る牛車の迫力は、圧巻です。
そして、群像表現の構成力と言ったら!なんと表現してよいのかわかりません。
図版で見ていたときには、どちらかというと火炎の描写にばかり気をとられていたのですが、この絵巻の醍醐味は、群像表現と、その構成力にあることがよくわかりました。

もう一つの絵巻「吉備大臣入唐絵巻」は、唐へ渡った吉備真備が、幽霊となった安倍仲麻呂の助けをかりて、唐人の難問に立ち向かうお話です。
唐人との囲碁勝負が物語のクライマックスなんですが、そこがなんともユーモラス。
(あえてネタばれをさけますが、)唐人が、吉備大臣のあるものをチェックする場面で、肝心のブツの姿がはっきり見えないのは、あえて描かなかったのか、それとも剥落してしまったのかが、気になる作品でしたw

ただし、絵巻のコーナーは、開催五日目にして長蛇の列でした。
他のコーナーはそれほど混んでいないのですが、細部までみたい方が多いせいか、ここだけはえらいことになっていました。
もっと早く動け!と係員にくってかかるおじさんなどもいて、少々うんざりしてしまいました。
・・・平日の午前中という時間帯が悪かったのかなぁ。
じっくり絵巻をみたい方は、夜間開館でいくのが狙い目なのではないかと思います。


そして、今回、何より驚愕したのが、仏画のレベルの高さとコンデションの素晴らしさ。
日本に残っていたら、ここまで良い状態で残ってなかったかも・・・と、思わせる質の高い作品ばかりでした。
こんなに色が発色のよいまま、きれいに残った平安時代の仏画を見たのは、はじめてです。
しかも私の大好きな「普賢延命菩薩像」まで、展示されているではないですか!

なかでも特筆すべきは、「法華堂根本曼荼羅図」
奈良時代に描かれた作品です。
この作品のすばらしさも、図版では体験できません。
細部まで、こころゆくまで味わいたい作品。必見です!
奈良時代の絵画を、こんな素晴らしい状態で見られることに、ひたすら感動してしまいました。

展示してある仏画の多くは、額装されていました。
本来、仏画は軸装されているものが多いのですが、この作品群を見ていると、巻かずに、額装にして保管していたのが、コンディションを保つ上で、功を奏したのかな?と思いました。

仏教美術のコーナーは、第一会場なのですが、これほど最初からフルスロットルで、見る側を楽しませてくれる展覧会も珍しいと思います。
何度もいいますが、本っ当に贅沢な展覧会です。

そして、ここまでで、まだ前半というのが、この展覧会の恐ろしさ。
後半には、刀剣や装束などの工芸品や、室町〜江戸へと続く近世絵画が目白押しです。
正直、私は、前半でテンションが上がりすぎて、後半は、やや流してみざるを得ませんでした(^^;

それでも、せっかくなので、後半のコーナーで、私が印象に残った作品をいくつかあげておきたいと思います。
まず、狩野元信の「韃靼人狩猟之図」は、モチーフの面白さが新鮮でした。
あと、長谷川等伯の「龍虎図」、尾形光琳の「松島図」なども、独自の存在感を放っていました。

そしてこの展覧会の最後を飾っているのが、今回の展覧会ポスターで、メインを張っている曽我蕭白です。
蕭白作品は、全部で11点。一人の作家で1コーナーを作る破格の扱いを受けていました。
展覧会全体からすると、蕭白の作品だけが、突出して数が多いため、若干バランスを欠いている気がしなくもないのですが、蕭白の作品を、これだけ一度に見比べられるのは、蕭白ファンにとってはたまらない機会だと思います。
今年は、千葉市美術館でも蕭白の展覧会が開催されますし、蕭白の当たり年のようですね。

私も、こんなにたくさんの蕭白を見るのは、初めてのことだったのですが、蕭白って、いかにも外人受けしそうな作風の人だなぁと改めて感じました。
今、蕭白が日本で再評価されている風潮って、案外、日本画を見る現代の私たちの感覚が、当時の外国人の視座と近くなっている表れなのかも・・・などとつい考えてしまいました。

この展覧会、期待以上の充実した内容でした。
出来ることならば、もう一度、今度は夜に行ってじっくり見たいところですが、残念ながら行けるかどうか・・・
会期は6月10日まで。
後半は、かなりの混雑が予想されるので、興味のある方は、早めに行くことをお勧めします。